ローマ人女性の歴史は、伝説的なサビーニの略奪から始まる。ロムルスは、処女たちに触れずに一晩を過ごし、翌日自分のところへ連れて来るよう部下に命令を下した。(1)ロムルスは、彼女たちを略奪したのは辱めるためではなく、妻とするためであることを説明し、怒り、絶望している娘たちをなだめた。女性を誘拐し結婚することは、古くからのギリシャの慣習であり、婚姻関係を結ぶためのよく知られている方法であること。(2)従って、運命によって肉体が結ばれた相手に、心も預けてしまう方がよいのだということ。

一方男たちの方も、情熱と愛情で暴力の埋め合わせをしようと、女たちのご機嫌取りに励んだ。女の心をつかむには、口説き文句ほど効き目のある祈りの言葉はないのだということを、よく心得ていたのである。(3) ローマ人とサビーニ族間の争いの終結に貢献したのは、なんと言っても女性たちである。(4) 女たちは喪服を身に着けて町を出た。中には小さい子供を連れている者もいた。彼女らは涙ながらにサビーニ族と元老院の陣地に赴き、王の足元に身を投げ出した。サビーニ族は初めは女たちを遠ざけたが、結局は和平協定を選択。ローマ人との間に結ばれた協定では、女性優遇の内容が盛り込まれた。羊毛を紡ぐ(lanificium)以外は夫のために働かなくてもよい、男性は女性に道を譲らなくてはならない、女性の前で不適当な言葉を口にしてはならない、女性の前で裸の姿を見せてはならない、彼女の子供たちには特別の衣服(praetexta)と金のペンダント(bulla aurea)が用意される。(5)
注: (1)“…easque illam noctem castas servarent,” ディオニジ・ディ・アリカルナッソ著「古代ローマ」第2巻30章 フロリアーナ・カンタレッリ編集によるギリシャ語からの 翻訳 ミラノ、ルスコーニ社1984年刊行 (2)“…non iniuriae sed connubii causa”同書第2巻 31章。プルターク英雄伝ロムルス伝14章1。 サビーニの略奪に関しては、比較対象が確立されている。女性が欠乏していたベニヤミン族がエホバの祭りの最中に行ったシロの娘たちの略奪(士師記21章15)と、南スラブ族が祭りの機会に嫁探しをする風習である(M・マスカテッリ著「原始社会と古代ローマ法における女性の社会環境」ボローニャ、ザニケッリ社1886年刊行)。 また、サビーニの娘たちの誘拐は“略奪するための結婚”というよりも、結婚を目的とした略奪であったというのが事実であるという指摘がある。サビーニ族は和平協定の内容に略奪された女たちの値段も盛り込んでいたため、これがcoemptio(売買結婚)の原型とも言われる。(C・アンポロ、M・マンフレディーニ編、「プルターク英雄伝、ロムルス伝」ミラノ、モンダドーリ社 1988年刊行 注釈15) (3)“…accedebant blanditiae viorum, factum purgantium cupiditate atque amore, quae maxime ad muliebre ingenium efficaces preces sunt Livio”, リヴィウス著「ローマ建国史」第1巻9章、G・D・マッツォラート監修、ローマ、ニュートン社 1997年刊行 (4)ローマ史上の重要な場面場面において、女性たちがいかに仲裁者的な役割を果たしていたかということを、このエピソードは明らかにしている。“社会的規律の保証は、主に女性の手中にあった。”(R・フラスカ著、「ローマにおける人格形成と教育」バーリ、デダロ社、1996年刊行) (5)ディオニジ・ディ・アリカルナッソ著「古代ローマ」第2巻45章、「プルターク英雄伝、ロムルス伝」第19巻9章、第20巻4章、マクロビウス著「サトゥルナリア」第1巻6章16-17。伝説の中で語られる、サビーニの女性に保証された傑出した社会的立場は、疑いなく後に正妻に保証されるものと合致する。(A・マスカテッリ著、「原始社会と古代ローマ法における女性の社会環境」)
by ドメニコ・アウジェンティ AzRoma訳
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